img_02

看護師求人関連の情報

その中心になっている会社の経営や仕事について、年に一度ほど聞き取り調査に出かけることになった。 ここで紹介するIAM電子はそのとき知り合った会社の一つである。
インタビューをしていて考えさせられたのは、企業の存続で大切なのは「めげないこと」と「進化能力」にあるということだった。 IAM電子の創業者であり、会長のYST勉さんの話を聞いていると、一見畑が違っている領域であっても、仕事への姿勢や努力あるいは経験の積み重ねといったものは共通して生きると思えるのである。
IAM電子は長野県・駒ヶ根市にある電子部品メーカーだが、元をたどると材木屋さんだ。 IAM電子を設立したYSTさんは、それまで地元の材木メーカーの常務さんとして、経理、総務、営業などの事務系の責任者を務めていた。
その彼が、電子部品の開発メーカーによる計画倒産に引っかかることから、事業はスタートした。 第二次世界大戦後の駒ヶ根地域の産業は、材木と繭づくりが基本だったといってよい。
戦争で全国いたるところが焼け野原になった日本の再建にとって、材木は欠かすことのできないものだったので、地域は活況を呈していたといえるだろう。 「終戦直後から朝鮮戦争時(1950〜53年)の特需を含めて、1960年頃までは仕事がありましたね。
しかしそれ以降になるとヽこのあたりの山の木はなくなり秀げ山になりました。 その後、外材が入ってきたので、何か新しい仕事はないかと模索していたところでした」とYSTさんは言う。
そのとき、「伊那の電機メーカーが将来性のある新しい開発をしたが、製品化して販売する資力がないのでやってくれないか」という話がもち込まれた。 ちょうど事業の転換を考えていたYSTさんの所属する材木会社がその話に乗った。
1966年の夏、工場を建て機械を設置し、そのメーカーが開発した「抵抗器」を作り始めた。 それがIAM電子の創業である。
製品を作って開発した電機メーカーに出荷し、代金として手形を受け取ったが、その全部が不渡りになった。 倒産されては初期投資も回収できないので、自分でお金をつくって手形を落とした。

しかもその開発メーカーに当座の資金も貸していたのだが、それも使い込まれて結局、倒産されてしまった。 全世界8割のシェア仕方なしにYSTさんの材木会社が、営業権と従業員含めて譲渡を受け再出発したが、1ヵ月後さらなる苦境が訪れる。
開発メーカーから移籍した技術者3人が退職して、大手メーカーからの出資で新しい会社を始めてしまったのだ。

塾講師支援サイトがパワーアップしました!塾講師を応援します。

インターンシップの差に驚きました。インパクトのあるインターンシップならこちら!

看護師転職例を厳選して紹介。詳しい内容は看護師 転職情報にアクセス。

アルバイトの情報を掲載しませんか?アルバイトといえばこちらのサイトです。

看護師求人がなくなり次第終了します。転職者に人気のある看護師 求人です。

大変便利な塾講師の情報サイトをご紹介致します。塾講師について知りたい方はこちらへ。

インターンについて解説いたします。理想のインターンが絶対見つかる!

塾講師アルバイトの情報をお探しですか?塾講師 アルバイトの総合検索サイトです。